一言法話「焚くほどは、かぜがもてくる落ち葉かな」
三峰山 永昌庵
この季節、毎日落ちる落ち葉の作務や雑務に追われていると、この良寛さんの句を思い出します。
この句は、良寛さんが、お殿様に城下の寺の住職になり、藩を支えてくれと懇願された際におくった句だと言われています。
いくら庭を掃き清めても、舞い落ちる落ち葉は落ちてくる、いくら草を取り除いても、結局はまた生えてくる。
良寛さんは、それを藩の政(まつりごと)に例えてこの句をおくったのではないでしょうか。
人の欲にはきりがありません。
何かが以前より良くなれば、さらに良くしたいと人は思う。
その様子は、まるで掃き清めた落ち葉の様で、いくら清めようともまた新しい落ち葉を風が持ってくる様に、限りがありません。
現代でもそれは当てはまり、たくさんのお金を持てば、さらに欲しくなる。中には一生かかっても使いきれない程のお金を持っていても、さらに奔走しお金を集めている人もいます。
金銭や物だけではなく、名誉もそうです。
偉くなると、さらに偉くなりたいと思う、他人と自分を比較し、自分が劣っていると思えば、またそこで自身を苦しめる。
「より良くする事」それ自体は悪いことではありません。
しかし、過去と未来、他人と自分を比較する事で、良し悪しをつけ、より自身の待遇を良くしようと思い奔走すれば、それは時に、自分や周りの人々を傷つけ、苦しめる事にもなりかねません。
「焚くほどに、かぜがもてくる落ち葉かな」
いくら掃いてきりがない、無駄だ、と。そう思うのは、清める前を思い出し、比較するからです。
私たちは、生まれた頃には何も比較する様子がありませんでした、人生を生きて行く中で常識を身につけ、様々なものと今とを比べて、過去よりも……、他人よりも……と言う欲求を満たそうとし、自身を縛りつけています。
今の様子と自身の心をしっかりと観察し、その「落ち葉」が自分にとって言う物なのかを考えてみる事が、苦しみの原因をしる大切なきっかけとなります。
基本情報
口コミ
このお店・施設に行ったことがありますか?あなたの体験や感想を投稿してみましょう。