三峰山 永昌庵
「平常心とは」
最近、とある経営者のインタビュー記事を見た時に、こんな文言が載っていました。
「成功の秘訣は常に「平常心(へいじょうしん)」を保つ事」という言葉です。
ここで言う「平常心」とは「常に冷静で落ち着いた心」の事を指して言っている様でした。
皆さまも「平常心」と聞けば、おそらく、その様な解釈をしているのではないでしょうか。
禅語にも「平常心是道(びょうじょうしんぜどう)」と言う言葉があり、ここで言う「びょうじょうしん」とは「平常心(へいじょうしん)」と同じ字を書きます。
ーー しかし、この「平常心」は落ち着いた心の事を指している訳ではありません。
禅宗では「即今」つまり「たった今、この瞬間」が全てであり、落ち着いた心や、自分の理想としている心持ちを追い求めるのではなく、たった今、その時の心こそが、仏道の道だと言う事を説いております。
平常心とは、特別な心ではありません。朝起きて、顔を洗い、ごはんを食べる。風が吹けば、木の葉が揺れる。
その当たり前のことが、当たり前のように感じられる。
それが、すでに平常心であり、追い求めて得られる物ではなく、たった今この時の心こそ「平常心」そのものなのです。
こんな逸話があります。
南泉という禅師に、趙州という弟子がこう尋ねました。
「師よ、道とは何でしょうか」
南泉は答えました。
「平常心これ道なり」
弟子はさらに問いました。
「それならば、平常心とは修行して得られるものでしょうか?」
南泉禅師は首を振り、
「もし得ようとすれば、すでにそれは失われている」と。
つまり、求めて得られる心ではないのです。
修行や悟りという名の飾りをつけた途端、その素朴な平常は、どこかへ行ってしまいます。
人は、平常を求めるあまりに心を動かし、悟りを望むあまりに迷いを深めます。
けれど本当の平常心とは、怒りも、迷いも、悲しみも、そのまま抱えたうえで、
「それもよし」と息をつける心です。
晴れの日も、雨の日も、笑う時も、悲しい時も、どちらも本来の自分の姿であり、特別な心を求めず、今ここにある心のありようが自分自身だと気づく。
それが――南泉禅師の言う「平常心これ道なり」という、道なのです。
日常の中で、自身が理想とする物を追い求める事は、誰しもある事ですが……
「平常心是道」たった今のその心のあり様が全てであり、そこにしっかりと目を向ける事こそが、自身の事を識る一番の道なのです。
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