古物法話『一生枡』 ※古美術雑誌「小さな蕾』掲載
三峰山 永昌庵
※これは古美術雑誌「小さな蕾」令和6年7月号に掲載したものを添削したものです。
『一生枡』
日本の信仰の中に「あらゆる物には神が宿る」という考えがある。私は物に対しての敬意は人一倍あると思っているが、基本的には無神論者だ。
……しかし、これは、そんな私が「ああ、神が宿るとはこういう事か」と思ってしまった品の一つである。
写真にある様に、これは仏像でも神像でもない、ただの小さな枡だ。
当然崇める対象ではなく、むしろ物としては、生活に使うただの雑器であり、決して人が奉る対象ではない。
しかも、この汚れだ。何人もの人が世代を超えて使い続けた結果、黒ずみ、歪んでしまい、装飾品や貴金属の煌びやかな美しさとはかけ離れている。
……しかし、自然に使い続けなければ出来ないその滑らかな肌合いや、トロリと歪曲し丸くなったその姿は、まるで一つの仕事を愚直に続けた熟練の老翁の手のひらをを思わせる様で、触れるたびに、幾年、幾人もの人々がこの枡を大切に使い、そしてそれに答え続けたこの小さな枡の力強さと尊さを感じる。
決して崇め奉る対象ではなくとも、物に神が宿るとは、こういう物の事をいうのだろうと、そう感じるに値する一品ではないだろうか。
人の命は有限である、物の命もそうであるが、大切に扱えば、物は人より長く生き続け、それだけ人を助ける神となる。
私はこの枡に敬意を表し一升枡をもじり『一生枡』と名づけ、後世に伝えていきたいと思っている。
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